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大阪高等裁判所 昭和30年(ネ)261号 判決

控訴人(原告) 水戸徹雷

被控訴人(被告) 学校法人平安学園

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取消す。被控訴人が、昭和二十九年九月三十日控訴人に対してなした解雇は無効であることを確認する。」旨の判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張事実、並に証拠の提出、援用、認否は、左に記載する外原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴人は左のとおり述べた。

「被控訴人が控訴人を解雇したのは、控訴人に無断欠勤並に勤務成績不良のかどがあることを理由として、これに対する懲戒処分として解雇したものであるけれども、控訴人は昭和二十九年三月末日迄の三ケ年間を通じて僅に二日間の無断欠勤があるに過ぎず、また控訴人の勤務成績が不良であると云はるるが如き事実はないから、右懲戒処分としてなされた解雇はその理由なきものであつて、法律上無効である。仮に右解雇は、民法第六二七条による解約権の行使としてなされたものであるとしても、被控訴人は、昭和二十九年九月二十四日の理事会において控訴人の解雇を決定した上、同月三十日附辞令を交付して解雇したのであつて、これに関する予告は、昭和二十九年九月十七日になされたに過ぎぬから労働基準法第二〇条所定の予告期間は勿論、民法第六二七条第一項所定の期間をも置かずしてなされた右解雇は、無効である。仮に右の主張も認容せられないとしても、本件解雇は、控訴人が学校長その他二三幹部職員の違法行為を批判し、その反省を求めたことを以て、学園の平和を乱すものと曲解し、これに対する懲罰の意図の下になされたものであるから、権利の濫用として無効である。なお控訴人が本件解雇について黙示の承諾をなし、或は異議申立権を抛棄した旨の被控訴人の主張はこれを争う。」

被控訴代理人は左のとおり述べた。

「被控訴人学園において、就業規則が制定実施せられたのは昭和三十年八月一日からであつて、被控訴人が控訴人を解雇した当時においては、未だ就業規則は制定されていなかつたのであるから、本件解雇が就業規則に基く懲戒解雇であるべき筈はないのであつて、被控訴人は、民法第六二七条第一項による解約権の行使として控訴人を解雇したのである。而して被控訴人学園においては、教職員の人事は学校長に一任され、ただその発令に当つて、学校長より理事長の承認を求めることとしているところ、被控訴人学園の常務理事で校長をしている近藤亮雅は、昭和二十九年六月中旬より十数回に亘つて控訴人に対し任意辞職を勧告したけれども、控訴人はこれに応じないので、右近藤校長はその権限に基いて昭和二十九年七月三十一日控訴人に対して解雇の予告をなした上、同年十月一日に九月三十日附辞令を交付した次第である。そしてこれについて理事会に附議する必要はなかつたけれども、控訴人の場合、特に校長の個人的感情によるものであるとの誤解を避けるために、一応理事会に報告して意見を求めた経緯であつて、右解雇の権限並に手続において何等欠けるところはない。尚右解雇の辞令は、近藤校長より控訴人に交付したのであるが、控訴人はこれについて何等異議を止めずに右辞令を受取り、京都府私学恩給財団より、受取るべき退職一時金の請求手続を被控訴人学園の経理主任に依頼すると共に、右解雇に伴つて被控訴人が従前の慣例により、控訴人に支給することとした退職金十二万四千六百円の保管を、右経理主任に依頼したのであるが、同月十六日に右金員を経理主任より任意受領しているのであつて、右の事実経過からしても、控訴人は右解雇について黙示の承諾をなし、又は異議申立権を抛棄したものである。なお本件解雇が信義誠実の原則に反し、権利の濫用に当るとの控訴人主張事実はこれを争う。被控訴人は、控訴人が職務に不適格であるに加え、昭和二十九年四月以降は無断欠勤を続け、また出勤しても真面目に職務に従事せず、職員間の評判も悪いためにやむなくこれを解雇するに至つたのであつて、右解雇に当つては慎重を期し、勧告に数ケ月を費し、情理を尽してその自発的退職を求めたのであるが、その効がなかつたことは原審において主張したとおりであるからこれにつき非難せらるべき筋合はない。」

証拠〈省略〉

理由

控訴人が、昭和十五年九月以来被控訴学園に雇はれ、事務職員として勤務していたこと、並に被控訴学園が、昭和二十九年九月三十日附辞令を以て控訴人を解雇したことは当事者間に争がなく、控訴人は、先づ右は理由なき懲戒解雇であるから無効であると主張するのであるが、凡そ法律上の懲戒解雇としてその適法であるか否かが問題とされるためには、右解雇が、就業規則その他の法規的根拠に基く懲戒権の行使としてなされたものであることを要するところ、成立に争のない乙第十号証によると、被控訴学園の就業規則として「平安学園教職員服務規則」が実施せられたのは昭和三十年八月一日以降のことであって、その以前においては、被控訴学園にはかかる規則はなかつたことが認められるのであつて、右の事実と、成立に争のない乙第一号乃至第八号証、第十号証乃至第十三号証と原審並に当審証人里内了徹、当審証人出田実英、同今小路覚端、同森下勇、同近藤亮雅の各証言を総合すると次の事実を認めることができる。即ち、被控訴学園においては、教職員の任免等人事に関する事項は、被控訴学園の常務理事で校長を兼ねている近藤亮雅に一任されているところ、右近藤校長は、昭和二十六七年頃以来控訴人の勤務成績が著しく悪く、また同僚との融和を欠くなど、職員としての適格に欠ける点があることを認めたので、昭和二十八年末頃教職員首脳部の間で協議した上控訴人に対して自発的退職を求めることとし、先づ教頭里内了徹をして数回に亘つて控訴人に対して自発的退職を勧告せしめ、次で近藤自身も同様の勧告をしたけれども、控訴人はこれに応ぜず却つて昭和二十九年四、五月頃より無断欠勤を継続するに至つた。よつて右近藤亮雅は、昭和二十九年七月三十一日の理事会において、控訴人を解雇することの止むを得ない事情を報告して意見を求める一方、その頃控訴人に対して口頭を以て解雇の予告をなし更に同年九月十七日にも重ねて同趣旨の予告をした上、同年十月一日に九月三十日附の「平安高等学校主事兼平安中学校主事を解く」とした解雇辞令を控訴人に交付すると共に、従来教職員の退職に当つては、その月俸の半額に、勤続年数を乗じた金額を退職手当金として任意支給した慣例に準じて、当時の控訴人の月俸額金一万七千八百円の半額に当る金八千九百円に、その勤続年数十四年を乗じた金十二万四千六百円の退職手当金を支給することを告げ、且即時これを提供して控訴人を解雇した。その際控訴人は右解雇辞令については異議なくこれを受領したが、退職金については、被控訴学園経理主任出田実英に対して一時これを預かり置くことを依頼したが、その後数日を経て右経理主任よりこれを受領した。以上の事実を認定することができる。そして右認定の事実に徴すると、被控訴人が控訴人を解雇したのは、何等法規上の根拠に基く懲戒権の行使としてこれをなしたのではなくて、専ら民法上の雇傭契約の解約としてこれをなしたものであることが明であるとしなければならぬ。尤も当審証人近藤亮雅の証言中「懲戒免職に該当する事由は勤務成績不良です。」としてあたかも本件解雇が懲戒解雇としてなされたかの如く述べている点があるけれども、右は、同証人が労働法上における懲戒解雇の概念を正解して述べているものでないことは、同証人の全証言趣旨に照らして明であるから、右の証言は上記の認定と牴触するものではなく、他に以上の認定を左右する証拠はないから、本件解雇が懲戒解雇であることを前提とする控訴人の主張は失当である。そこで右雇傭契約の解約は果して適法になされたものであるか否かについて判断するに、凡そ期間の定めのない雇傭契約の解約については、民法第六二七条、第六二八条の定めるところであるが、右民法の一般規定は、労働基準法第二〇条第二一条の特別規定によつて修正せられており、更にこれについて労働協約の定めがある場合にはこれによることを要することは勿論である。而して労働基準法第二〇条第一項は、使用者が労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をなすか、又はその予告をしない場合には、三十日分以上の平均賃金を支払うことを解雇の有効要件として定める一方、使用者が三十日分以上の平均賃金を支払うときは、特に雇傭期間の定めある場合を除き、即時に労働者を解雇し得ることを認めたものであつて、而もこの場合における金員の支払は如何なる名目を以てなされるかを問はぬものと解するを相当とする。

尤も民法第六二七条第二項は、期間を以て報酬を定めた雇傭契約の場合には、次期に対してのみ解約の申入をなすことを得るものとし、且右申入は当期の前半においてこれを為すことを要するものと定めているから、労働基準法第二〇条第一項に関する前記の解釈は、控訴人のように月俸を受ける被傭者の解雇について異る結論を生じるものであるか、否かについて、更に検討するに、民法第六二七条第二項の右規定は、同条第一項によって雇傭契約解約の予告期間が二週間と定められていることと関連して少くとも月の後半に右予告期間を経過せしめることにより(従つて予告期間は平年二月を除き月の後半において一日もしくは二日間だけ伸長されることになり、これに月の前半において経過する日数を加へたものになる。)翌月一日より解雇の効力を発生せしめることとし、よって他に就職の機会を得た被傭者が翌月一日より完全就労しその報酬の全額を取得し得るようにしようとの立法上の配意に出たものと解し得るところ、労働基準法第二〇条第一項によつて右の予告期間が少くとも三十日と改められた以上は解雇の予告を月の前半になすことを要することとし以て間接に少くとも月の後半を予告期間たらしめた民法第六二七条第二項の規定はその適用の余地がなく、労働基準法第二〇条第一項に関する前記の解釈は月俸を受ける被傭者についてもそのまま適用せられるものと解すべく、従つて使用者はその時期にかかわりなく、三十日以上の平均賃金に相当する金員を支払つて、右月俸を受ける被傭者を即時解雇し得るものといはねばならぬ。

然るに被控訴人は控訴人を解雇するに当つて、控訴人の月俸額金一万七千八百円に対して、金十二万四千六百円の退職手当金を任意支給したこと、右退職手当金は、被控訴人が控訴人との労働契約に基く「賃金」として支払の義務があるものではなく、単に被控訴人が従来の慣例に従つてこれを任意支給したに過ぎぬことが前認定のとおりであり、且被控訴人学園においては、教職員の解雇について他に労働協約による制限があつたことの主張立証のない本件において、被控訴人がなした解雇は、その控訴人に対する予告が何日の期間をおいてなされたかの点を論議する迄もなく、適法有効になされたものとしなければならぬ。

控訴人は、右退職手当金を受領したのは日々の生活費に困窮するためである旨を以て抗争するところがあるけれども、かかる事実は、本件解雇が、労働基準法の規定に照らして適法になされたものであることを左右するものでないから、控訴人の右主張は採用に値しない。次に控訴人は、本件解雇は権利の濫用として無効であると主張するけれども、本件における全資料によるも右権利濫用の事実はこれを認め難く、却つて被控訴人は、控訴人が被控訴学園の職員として適当でないとの判断に基いて、これを解雇したものであること並にこの点について格別労働協約による制限のなかったことは前認定のとおりであつて、使用者は、かかる事情の下において、なお自己の欲しない人物を雇傭しなければならぬ義務を負うものでないことは勿論であるから、控訴人の右主張も失当である。

以上説示のとおりであるから、本件解雇無効の確認を求める控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから、本件控訴はこれを棄却すべく、よつて民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 田中正雄 観田七郎 河野春吉)

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